茜子の日記

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韓国ドラマ「愛の不時着」について語る

 

筆者が韓国に居住中に放送が始まったヒョンビンXソン・イェジン主演の韓国ドラマ「愛の不時着」。

二人の主演俳優の出会い、そして「星からきたあなた」のパク・ジウン作家の新作ということでも注目を集めたが、一番驚くべきはやはりその奇抜なストーリーではないだろうか。

 

 

「愛の不時着」は、韓国の財閥令嬢のユン・セリがパラグライダーの事故で北朝鮮に不時着してしまうところから始まる。そこで出会うのが北朝鮮軍のエリート将校、リ・ジョンヒョク。ジョンヒョクはセリを守る段階で恋に落ち、二人は次第に愛し合うこととなる。

国家間の壁を超えた “絶対極秘ロマンス”だ。

 

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「愛の不時着」  ”嘘みたいに、彼の世界に彼女が不時着した”

 

まず、朝鮮半島の情勢を考えても南北の男女が恋をして結ばれるなどあり得ない話なわけで、同じ民族で言葉も通じるが絶対に出会ってはいけない二人だ。そんな二人が、不運の事故で出会ってしまい、韓国人のセリは北朝鮮に住むジョンヒョクの世界に“不時着”してしまう。

 

本当なら絶対に叶わないラブストーリー。

 

一体、このストーリーはどこに着地するのか?全く想像ができない展開に視聴者は釘付けになった。

 

 

 

 

 

“偶然のようで、運命”

数多くのアーティストがこのドラマのOSTに参加したが、その第一走者が韓国のシンガーソングライターである10cmが歌った“우연인 듯 운명” 「偶然のようで、運命」。

このタイトルこそ、このドラマの核心をついていたのではないかと思う。不運の事故で出会ってしまったが、二人は出会うべくして出会う運命だった。

 

 

 

ここでパク・ジウン作家が書いたこのドラマの企画意図をおさらいしたい。

 

대한민국 여권은 유능하다.         

우리 여권만 있으면 무비자로 갈 수 있는 나라가 무려 187개국에 이른다.하지만 어디나 통하는 이 여권으로도 절대 갈 수 없는 나라가 가장 가까이에 있다. 언어와 외모도 같고 뿌리도 같지만 만날 수 없고 만나선 안되는 사람들이 사는, 이상하고 무섭고 궁금하고 신기한 나라.     

 

韓国のパスポートは有能だ 。このパスポートさえあればビザ無しでいける国がなんと187カ国だ。

でも、どこでも通じるこのパスポートでも絶対に行けない国が一番近くにある。

言葉と外見、根も同じだけれど会えないし、会ってはいけない人たちが住む、

おかしくて怖くて気になる不思議な国。

(中略)

 

토네이도 타고 다른 세상으로 날아갔던 동화 속 도로시처럼..
한 여자가 돌풍을 타고 한 남자의 세상에 뛰어든다.
‘잘못 탄 기차가 때로는 목적지에 데려다 준다’고 했던가?
가끔은 삶이 거대한 바람에 휩쓸려 위태롭게 흔들리고 있는 것 같겠지만...
나만 운 나쁜 사고를 당해 낯설고 무서운 곳에 홀로 서 있는 것 같겠지만...
우리는 결국 깨닫게 될 것이다.

바람 타고 간 도로시가 오즈의 마법사를 만났듯..
사막에 불시착한 조종사가 어린왕자를 만났듯.. 

수많은 인연과 행운과 아름다운 이야기는 

뜻하지 않은 불운과 불행과 불시착에서 시작된다는 사실을

 

トルネードに乗って違う世界に飛んで行った童話の中のドロシーのように、

とある女が突風に乗って一人の男の世界に飛び込んだ。

“乗り間違えた汽車が時には目的地に連れて行ってくれる”と言ったっけ?

時に人生が巨大な風に吹かれ、危なっかしく揺れているように思えても・・・

自分だけが運の悪い事故に合い、慣れない恐ろしい場所に一人で立っているように思えても・・・

私たちは結局気づくだろう。

風に乗ったドロシーがオズの魔法使いに出会ったように・・・

砂漠に不時着した操縦士が星の王子様に出会ったように・・・

たくさんの出会いと幸運と美しい物語は

予想外の不運と不幸と不時着から始まるという事実を・・・

 

program.tving.com

 

 

 

ドラマを最後まで見たら分かるように、このドラマは単純にセリとジョンヒョクの美しいラブストーリーだけでは終わらなかった。不時着という不運が与えてくれたものは、本当に多くの、多方面の幸せだった。

 

 

  

まず、セリは財閥令嬢ではあるが若いうちから自立し、自分で会社を設立して大成功を収めている敏腕社長。多くの富を得ているが、彼女には家族らしい家族もおらず、恋愛をしても幸せになれず長続きはしない。会社の職員からも嫌われているような孤独なキャリアウーマン。

 

 

一方でジョンヒョクは北朝鮮の総政治局長の息子で、こちらも御曹司。ピアノの才能がありスイスに留学していたが兄が事故で亡くなり、家系を継ぐためにピアノを諦め軍人となった。完璧主義者で無愛想、兄を亡くした過去から立ち直れずにいる孤独なエリート将校だ。

 

 

 

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北に不時着し、ジョンヒョクの家に身を隠すセリ

 

 

このドラマにはたくさんの登場人物が登場する。孤独だった二人が出会い、恋に落ちる過程で、たくさんの壁がありたくさんの事件が起きるのだが、その中でたくさんの人物にも出会うことになる。

 

多くの登場人物の中で最も愛されたのは、やはり部隊員達だろう。放送当時この4人は韓国で“北のF4”と呼ばれ、多くのファンを獲得した。

 

 

 

劇中でジョンヒョクは第五中隊の大尉。自分の部隊の部下4人にセリを守る…監視することを命ずる。セリが韓国に戻るまでジョンヒョクの家で暮らしながらこのF4とも共に過ごし、仲良くなっていく。セリが危険な目に合った時には必死で守り、セリを想って涙する。その姿は視聴者達の目頭を熱くした。孤独だったセリに “동생” 弟達ができたのだ。

 

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セリと最後の遠足に出かける隊員たち

 

 

そしてセリは北に滞在する間、村のおばさん達とも知り合うことになる。おばさんたちは一見面倒臭そうだが、愛情を持ってセリに接する。キムチやおかずをお裾分けするのは北朝鮮も変わらないようだ。セリが韓国に帰った後もセリからの手紙を読んで涙したり、最終回ではセリの会社から発売された化粧品に自分たちが描かれていることを知り、「同じ空の下にいるのに、ありがとうとも伝えられない」といいながら涙する。(筆者はここで号泣した)

 

 

 

このドラマの出会いは全て美しい。その美しさは、“もう会えない”という悲しい事実があるからこそより一層感じられる。出会いがあれば別れもあるが、この世の別れのほとんどが「また会おう」と言える関係だ。しかしセリと北の人々の出会いはそうではない。一生会えないが、遠くでお互いが幸せであることを願いながら、その出会いに感謝するのだ。

 

 

 だからこそ、最終回の分断線シーンは視聴者の心を熱くした。 

泣きながら駆け寄るセリの 「私たち、もう会えないの?一生?会いたくなったらどうしよう」 は、民族の悲しみと二人の男女の切ない愛が最大限に感じられた場面だった。(筆者はここで嗚咽)

 

 

 

 

セリが得たものは北での出会いだけではなかった。北での暮らしを経て価値観が変わったセリは、自分の会社の職員にも優しく接するようになり彼らもまたセリ社長を慕うようになる。母親との確執や兄弟との不仲のために孤独な人生を送ってきたが、多くの事件を片付ける過程で家族関係の改善にもつながった。セリが入院中、ジョンヒョクは彼女の母親に「セリのそばにいてあげてください」と頼む。自分は南でセリの側に一生居てあげられる訳ではないから、孤独なセリにせめて家族でもと思ってのことだ。自分が居なくなった後のセリの幸せを常に考えていた。セリと母親は和解し、兄との確執、後継者争いも解決した。セリはジョンヒョクと出会ったおかげで、本当の家族を手に入れたのだ。

 

 

 

ジョンヒョクもセリに出会って多くのことが変わった。兄が死んでからは誰とも打ち解けず、笑わず、誰のことも愛さなかったジョンヒョクがセリの言動に笑い、泣き、心を取り戻した。また自分の部隊員達との仲も深まった。セリのおかげで兄の死の真相を突き止めることもできた。堅苦しく家の面目ばかり考えていたジョンヒョクの父親も子供想いの父親になった。最終回でジョンヒョクは父の計らいで除隊し、国立交響楽団にピアノ演奏者として抜擢されたことが伝えられた。ジョンヒョクはまたピアノという夢を追いかけることができたのだ。

 

 

そもそも二人は7年前のスイスで知らぬ間に出会っていた。二人はその事実を後々知ることになるが、スイスのストーリーがなんとも美しい。生きるのが嫌で早まろうとするセリを偶然にも助けるジョンヒョク。兄を追悼しながらピアノを弾くジョンヒョクと偶然にもその演奏を聴いて癒されるセリ。

そしてジョンヒョクは初めて会った7年前のスイスから既にセリに恋をしていたのだ。

そんな二人が出会ったのはまさしく、偶然ではなく運命だった。

 

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兄を追悼し、スイスで最後の演奏をするジョンヒョク

 

 

特に良かったのは、ふたりが最後まで良い距離感を保っていたこと。愛情表現が少なかったのは、わざわざ言葉に表さなくても相手の気持ち、愛を理解していたのだろう。日本語字幕では表現されなかったが、セリはジョンヒョクに最後まで敬語を使った。ジョンヒョクもまた堅い口調は崩さず、大人の関係性を貫いた。

セリは派手な恋愛遍歴を持っているが、今までの男とジョンヒョクへの愛は完全に違うものだろう。過去の男には見せなかったと思われる気遣いや落ち着きが、ジョンヒョクと居る時には感じられる。

 

二人には当然男女としての愛があるが、それ以上の何か違う次元での "愛" が存在しているように思えた。恋愛感情ではない、互いを想い合う人間同士の愛が。

 

 

 

 

 

 

では南北の38度線を超えた二人のラブストーリーはどうやって着地したのか。

 

ジョンヒョクが脱北するのか?南北統一させるのか?それとも二人でスイスに移住するのか?

放送当時、エンディングにおいては韓国内でも様々な憶測が飛び交ったが、二人が選んだ幸せは意外なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

それは、1年に1度、2週間だけスイスで会う、というものだ。

 

 

 

 

二人とも地位も富も兼ね備えているため、二人でスイスに移住しようと思えば可能だったかもしれない。もちろんジョンヒョクは北の人間のため難しいことではあるが。

 

しかし前述したようにセリもジョンヒョクもお互いに出会ったおかげで多くの出会いや多方面での幸せを手にした。その幸せを噛み締めながら生きていくことを選んだのだ。お互いが側にいなくても、遠くにいても、悲しくないほどの幸せを手に入れたから。

 

 

 

セリにとってビジネスは人生の全てで、自分の会社は子供のような存在。絶対に手放すことなどできない存在だ。部下たちとの時間も楽しいものとなった。また、やっと手に入れた本当の家族との幸せな時間も大切だろう。それらを全て整理した上での、ジョンヒョクとの二人だけの幸せを選びはしなかった。

 

ジョンヒョクもまた、セリと暮らすために脱北したりはしなかった。ジョンヒョクにも北での生活があり、ジョンヒョクを想う家族がいて、愛する仲間がいて、何よりピアノという夢をまた追いかけることができたからだ。

 

 

 

二人はお互いを愛したままで、この選択をした。お互いのみを見つめ、あなたがいれば何もいらない!というような、二人だけのラブストーリーでは終わらなかった。

もちろん、同じ国で全ての幸せを満喫しながら二人が一緒になれるのなら、それが一番だっただろう。でも南のセリと北のジョンヒョクには不可能だった。そんな悲しい状況の中での最善の選択だった。

それぞれの世界でそれぞれの幸せを全うしながら生きていくのだ。1年に一度、最高の2週間を待ちわびながら。

 

 

 

筆者は最終話のラストシーンがたまらなく好きだ。水辺の丘の上、二人だけの世界で幸せを感じながら微笑み合うセリとジョンヒョク。

美しいスイスの情景と美しい二人。

このドラマのメインタイトルであるOST “Sigriswil”が流れ、三連符の拍子と共に、

高まる感情を一気に解放させるようなドローンの演出。完璧だった。

 

OST“Sigriswil”の歌詞、 I was there for you, you were there for me. We know. は完全にセリとジョンヒョクの運命の話。お互いのために出会った二人。

年に1度だけ愛する人と会う幸せそうな二人の姿は、視聴者に大きな余韻を残して終わった。

 

10年に1度、愛する妻と子供に会いに海から現れるパイレーツオブカリビアンのウィル・ターナーを思い出した人も少なくないはず。

 

 

 

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スイスで幸せな2週間を過ごすセリとジョンヒョク

 

 

 

最終回で、ジョンヒョクの婚約者だったソダンが 「運命とはどうなるか分からないものだけど、全てはこうなるためだったのですね」 とジョンヒョクに古いカメラを渡す。そこには7年前のスイスで偶然出会ったセリが写っていた。カメラの中のセリを指で撫でながらジョンヒョクは微笑む。

 

 

 

ソダンとク・スンジュンの結末は決してハッピーエンドでは無かったし、セリとジョンヒョクが得た幸せの中に二人が含まれなかったことだけが心残りではあるが、結婚こそが幸せだと思い込み、結婚に執着していたソダンが非婚という選択をし、母の為ではない自分の人生を歩き始めたことは後に彼女にとって大きな幸せになるだろう。現代らしい終わり方だ。

 

 

ドラマは1話80分×16話で最終話はなんと1時間50分もある。数年稀に見る超大作といったところだが、セリとジョンヒョクはその長い時間、命を狙われたり何度も危ない目に合ってしまう。視聴者からは「二人の幸せな姿がもっと見たい!」 「登場人物が多すぎてメインの二人をもっと見たい!」などとという声も上がっていたが、あの美しいエンディングを見ると全てはこの結末に着地するためだったのだなと思える。辛いことを乗り越えた後の幸せは何百倍にも感じるし、たくさんの登場人物こそが二人を幸せへと導いてくれるからだ。

 

 

 

パク・ジウン作家が描いた“不時着”という“幸運”は、視聴者が想像していた以上に美しいエンディングを迎えた。風に乗ってオズの魔法使いや多くの仲間達に出会ったドロシーのように、セリは突風に乗ってジョンヒョクと出会い、多くの仲間や幸せを手にした。こんな童話のような、ファンタジーな話が実写コンテンツで、しかも人間対人間のストーリーで表現されるとは想像もできなかった。

 

南北朝鮮という特殊な環境、歴史、素材を生かした見事な脚本であった。

 

 

 

この作品で並ならぬ相性を見せてくれたヒョンビンソン・イェジン。二人は同い年でデビュー時期も近く、「同僚として、言葉にしなくても通じるものがある」と公言するほど仲の良い二人ではあるが、二人の演技の相性はただものでは無かった。長い間トップを走り続けてきた二人。40歳を目前にした二人にとって、この作品が集大成のように思えて一ファンとして胸が熱い限り。

全てのキャラクターを愛してしまった身としては、部隊員や北のおばさんたちなど、この作品を通して脚光を浴びた新人俳優たちのこれからの活躍にも期待したい。

 

 

 

 

「愛の不時着」はネットフリックスで独占配信中だが、ネットフリックスジャパンが掲げている 

“不時着した先で、恋始めちゃいました❤️”などというダサダサスローガンなんぞ似合わない、

もっと壮大で美しい話なので是非とも勘違いしないでほしい。